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赴任前日

2010/08/11

明日、私はようやく任地での生活を開始する。


語学研修が終わり1週間以上の寮の生活が終わりを迎える。
思い起こせば、30人ほどの集団生活が、大変だと感じたこともあったが、
買ってきた野菜を出し合い、試行錯誤しながら、料理を作ったり、
一緒に食べに出かけたりしたことが、本当にいい思い出になった。

今日も、私の最後の夕食を、同期隊員と一緒に作る。
オムライス、野菜とハムのコンソメスープ
CIMG5536_convert_20100812050016.jpg


大量につくったけど。ぺロリ
CIMG5537_convert_20100812050742.jpg


本当に、美味しかった~。


こんなに、野菜が入った料理は一人分ではまず作れないな。。。
と思うと、急にドミ(寮)から出るのが、さみしい気持ちに。

明日から、ちゃんと生活していけるの。。。??



私が赴任するグルシは、首都から車で約2時間、北西に位置する。
任地で、ベットをオーダーしたものの、
マットレスは首都でしか、購入できないため、
本日、購入し、バスで輸送した。

というのも、マットレスには2種類あり、
普通のマットレス、テクニカルマットラーとよばれるバネつきのものがある。

語学研修中に使用したマットレスは、バネなしであったため、
柔らかすぎて、体がマットに沈み、、、、肩がこって、快眠できなかった。
そのため、ちょっと値が張ろうが、バネありを購入したいと考えていた。
だって、、、
ここでの生活はシエスタ(お昼寝)もあり、睡眠をいかに楽しむかは、かなり重要!


バネつきの相場は6万~10万Fcfa
品質によって。値段は変わる。
8万Fcfaのものを、6万5千Fcfaまで値切った友達に便乗し、同じものを購入。

グルシ行きのバスがでるバス停まで店のおじさんがTAXIをチャーターしてくれた。
どうやら、Ouagadougou市内であれば、値段の中に運送費も含まれているらしい。

さて、荷物を運んでくれるバス会社とそうでないバス会社がある。
グルシ経由ワイグイヤ方面のバスであれば、STMBやSTAFというバス会社があるが、
STAFが荷物だけの輸送も受け付けている。

マットレスの送料は3500Fcfa。(あとバスに乗せるために運んでくれた青年に500Fcfa徴収された。)


6万5千Fcfaって、今の私には結構大金。
そんな、大事なマットレス。
もう少し大事に運んでほしいんだけど。
なんと2つ折りに!中に、バネが入っているんですけど。。。。
そして、オートバイ達と共に、バスの荷物入れに放り込まれる。。。
あ~無残な姿。。。
冷蔵庫はこの方法では運べないわ。。。買ってもすぐ、壊れそう。


バスに乗せられたマットレスは、グルシに運ばれ、グルシのバスターミナルで1晩保管される。
保管といっても、たぶんただ置かれているだけ。
大丈夫やろうか。今頃。。。

配属先の同僚の人に見に行ってもらう様、依頼したので、たぶん大丈夫でしょう。

マットレスが、どうなってしまったか。またお知らせします。

とういうことで。ワガでの夜も今日でお終い!?
明日からネット環境が本当にわからないので、何とも言えませんが、できる限り、アップしたいと思います。
(日本から、結婚が決まった~、子どもが産まれた~、子どもが立つようになった~、引っ越しした~
仕事がさ~、、などなど色々近況を教えてくれて、ありがとう!
これらの連絡は、本当に元気がでます!
明日から、とうとう任地での活動が始まるので、また時間があるときは、近況を教えてください。
活動の励みにします!!)
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路上の子ども

2010/08/12

日も落ちていく時間帯に、首都Ouagadougouを、歩いていた。

10歳くらいの男の子が、
「食べ物をください。。。」と言ってきた。

ぼろぼろのTシャツを着て、足ははだしだった。

「どうして、フランス語しゃべれるの?学校いったことあるの?」と聞くと。

しまったという顔をして、
「今はいってない。。。」

村を出て、首都に来たと言っているが、本当かどうかはわからない。

一緒に歩いていたもう一人のボランティアの
「無視しましょう!もらい癖がつくと、この子の為にもよくない!」
という言葉を振り切り、私は、色々な話をした。
通っていたという学校のこと。
家族のこと。(あまり、語ってくれなかったが)

そして、持っていたビスケットの小さな袋を開けて、渡した。

「暗くなるから、おうちに早く帰りなさい!」と言って。




私も、つい最近までは、物乞いに会うと、無視をしてきた方だ。
物を与える事で貧困はなくならない。
子どもにもらい癖がついても、困る。
などと、自分自身に言い訳をつけ、無視してきた。

でも、人間、おなかが空くと何もできなくなるし。
ビスケット1枚で、その子の貧困を救えるなどとは、少しも思わないが、
少しだけ、空腹感を紛らわすことができるのではないだろうか。

たとえば、その子どもが、ある大人に雇われていて、
その食べ物を売って、お金を稼いでいるとしたら、
商品にならないように、袋を破いてあげればよいし。


もし、自分の友達が、おなかがすいた~といっていたら、
ビスケット1枚どうですか?と差し出すのは、いたって普通の行動ではないだろうか。。


無視して、自分たちは、おなかいっぱい夕ご飯を食べる。

それが、私にはできなかった。


何が正解かわからないな。。。。

また会いに行ってきました!


2010/08/07
任地赴任前に、語学学校でお世話になったホテル(ペンション・サラ)に、挨拶に。
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というのも、そこのリ・グラがどうしても食べたくなって。
リ・グラ ドゥ ムッシュ KAWASAKI!
しかも、魚も乗せてくれて。素敵すぎる!


ごはん食べた後は、みんなでお喋り・・・
あ~この1週間くらい寮にいて、日本語しかはなしってなかったツケが。。。
あ~フランス語力が落ちてる!!!!
凹みました。

そのあと、語学学校校長の家にも、お邪魔し。
以前のパーティーの様子を、またビデオで見ながら、お喋り。

校長の話によると。
現在ブルキナファソ人と日本人のカップルは15組らしい。
今後増えていくのでしょうか。。。ぜひ期待^^



独立記念日

2010年8月5日

今日は、ブルキナファソの独立記念日。
50年前の今日、ブルキナファソは独立した。
その当時は、ボルタ川の上流の国という意味で、オートボルタっていう国名で。
私が生まれた年に、トーマス・サンカラによるクーデターが起こり、
私が1歳の時、ブルキナファソに改名されたらしい。
なんか、変な感じ。
“ブルキナファソ”が誕生したのは、ついこの間のことなんだ。(いや、結構歳月は流れてますよ!とツッコミの声が聞こえてきそうですが。。。)

“独立”ってなんか凄いことだと思うんだけど。
しかも、50周年だし。今年は。。。。

花火とか~ お祭りとか~

でも、街は。。。いっつも通り。
というか、午後からは、お店がどんどん閉まるし。
単なる祝日!?


ご安心あれ。
日を改め?、やはり今年は50周年とのことで、第2の都市(ボボ・デュラッソ)でお祭りをやるそう。
よかった。よかった。


実は今週から、他の仲間達は、それぞれの任地に旅立っている。
明日は、第2陣が任地に出発。
その前に、みんなで料理を作り、持ち寄り、ささやかながら送迎会。
カルボナーラにカレーライス、皆、ある食材でいろいろ工夫して、馴染みの味を何とか再現。美味なり~!Merci^^

私も、ナスのはさみ焼きを作った。みんなのお腹がこわれる事がありませんように!!!

外務省表敬訪問

2010年7月30日

外務省表敬訪問に行ってきました。
20人以上いるボランティアは、一人づつ、挨拶。
Je m’appele...

こんな感じで、TV局も入ってました。
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外務大臣の挨拶が済んだ後、職員の皆様と話す機会があり、
これまでのブルキナでの生活の様子、
自分の活動の様子、
日本のことなどなど。色々を話しました。


アジア担当の方が多かったためか、日本の事についても興味深く話しを聞いてくれました。




その翌日。。。
友達の携帯に、ホテルでお世話になった掃除係の男の子からメールが。
私たちの事が、ニュースに写っていたそうです!
明日から、中国人ではなく、日本人って言ってくれる人が増えるかな・・・!?

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