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まりあーじゅ

ご結婚される本人達には招待されていないが、知人の友人が結婚式を挙げたので。
結婚式にはじめて行ってきました

午後10時。
市役所で式を行う為、すっごい派手に飾りつけられた車が登場。
中から、花嫁が。

市役所での結婚式が、行われる。
ここで面白いな~とおもったのは。新婦さんにだけ「旦那の言う事をちゃんと聞くか?」「どんな事があっても、旦那についていくか?」というような、質問をしていた事。
「Oui」という度、
招待客が、歓声を上げる。

指輪の交換が行われ、記念撮影をし、教会へ。
CIMG7624_convert_20110322111047.jpg


(あまりうまいとは言えなかったが)聖歌隊が歌い、バンドが演奏し、皆も歌って、踊る。
そして、永延と牧師さんやその関係者たちの演説を聞く。
あまりの暑さで、子ども達は半ばぐったりしながらも、歌って踊る。すごい熱気。

ここでも、もう一度指輪の交換。そして・・・
そう誓いのキス。。。なのですが。
“If faut saluer”と牧師さん。直訳すると。挨拶しなさい!という意味。
なんか、こんな言い回しするのは、可愛いな~と思ってしまった。

さすがに招待されていたわけではなかったので、宴会は遠慮し(皆に「大丈夫!おいで!」と言われたが、熱い中永遠と続く演説を聞き疲れてしまったので)、家に帰ることに。

あ~結婚っていいな~ってつくづく思っちゃった。やっぱり感動ですな。家族になるって><

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水が出ない><

ここ数週間、深夜には数時間水が出ていた。
数時間を狙って、水を大きなバケツに溜め、3~4日くらいその水で生活をしていた。

ところが、とうとう深夜にも出なくなってしまった。

話には聞いていたが、本当に水がでない。
家から離れたところにある井戸に水を汲みに行く生活を始める事になるのでしょう。。

ここに来る前は、バケツ一杯でお風呂なんか無理!っておもってたけど。
いまでは、バケツ半分の水で体洗ってる。
洗濯につかった水は、トイレを流すように再利用。
でも、やっぱりトイレを十分に流せないので、臭う><

あ~日本帰りたい!
そんな弱音も。誰に届く事もなく、ブルキナの夜は更けて行くのでした・・・・

暴動

遠い国の事だと思っていた暴動。
ついにこの国でも起きてしまいました。

そもそも去年、ある学生が警察の暴行により死亡したことがきっかけだった。
警察は、死因を病死とし、事実を公表しなかった。

そのことに抗議した学生たちがある町で警察機関を含む行政機関に対して、
タイヤをもやすなどの抗議活動をおこなった。

それを阻止する為に、警察との衝突があり、新たな被害者(学生)がでてしまった。


そんなニュースを学校巡回中に、お昼休みで先生たちとラジオを聞いている時に知った。

次の日、いつも通り6時に起き、水を汲み、洗濯をしていた。
今日もいい天気だな~なんて思いながら。
「うおおおおおおおおお」人々が叫ぶ声が聞こえてきた。
何事?
急いで、家の外に出て見ると、
舗装道路をすごい数の学生たちが警察署めがけて走って行った。

なんじゃありゃ?
近所の人に聞いても、モレ語(現地語)がわからん私には知るよしもなく・・・

とりあえず、洗濯をおわらし、ご飯を食べ、出勤。

教育省でいつも通り、朝の挨拶をしていると。
「うおおおお~」またさっきたちの学生。
今度は、市役所の方面に向かって行進。

その後、書類を提出するなどの用事があり、県庁に行った。すると・・・戸が閉まっている。はと目を向けると、よこにある警察署庁を学生たちが囲んでいた。
なかには、私の事を知っている学生もいて、
笑顔で、私の名前を呼び、手を振ってくれた。

学生デモっていっても、学校をボイコットして、こうやって仲間達で集まる事を楽しんでるのかしら・・・・なんておもいながら、次の用事をする為に県庁から近い市役所に向かった。
市役所前で、市役所の職員と雑談。

すると。私のことを呼ぶ声が。
「中に入れ!!!」意味がわからず、つったってると、
ゴオン!

何かが、建物にぶつけられる音。
「え???」
さっきたちの学生が、今度は市役所めがけて、投石を始めた。

急いで市役所の建物の中にはいるが、空いている窓からどんどん石が投げ込まれる。

数十分後。騒ぎがおさまって、外に出て見ると、職員の車がぼこぼこに。。。

「私のバイク!!!???」

半分あきらめて、近寄って見ると。私のバイクは無事だった。
怖かったので、写真は撮れませんでした・・・

その午後、ブルキナファソ全国各地で、学生による暴動が発生した為、移動時は気をつける様にとJICA事務所から連絡が入った。

私は首都で研修があり、任地を離れていたが、その後、任地では警察署が燃やされ、市役所の壁やトイレを壊され、隣町では、行政関係者の自宅が燃やされるなど。。。。
結構大変だったらしい。

もちろん、学校も閉鎖。
学校での活動をもっと力を入れてやりたいと思っていた矢先・・・・なかなか思った通りには進まない。
でも。無事で入れる事だけで幸せなのかもしれない。

夜間学校


最近、フランス語がほんとできないな~と思って。夜間学校に通い出した。
小学校卒業試験に落ちた子ども達、学校を途中でドロップアウトした子たちが通う、小学校6年生だけの学校。
授業は18時から20時までの2時間。
先生は。私の活動協力者の1人。
職場にいるときよりも、生き生きして、生徒達に、教えている。どおりで昼間寝むそうにしているわけだ(笑)

“夜間学校”と聞くと。不良がいて。。。みたいなイメージを持つ人もいるかもしれないが、昼間はそれぞれに仕事を持って働いている若者達が
中心だ。みんな真面目で穏やかで。日本の若者達に見せてあげたい><(おばちゃん発言ですね。。。完全に)

小学校6年生の内容。私には、難しい><
習った事ない時制の動詞の活用がでてきたり、数学もフランス語で答えるのは難しい。
え、÷ってフランス語でなんていうんだ?利益計算、利率の計算とか。かなり実用的な計算が出題される。

そんな中、私の好きな授業は歴史の授業。

この前は、植民地の歴史と三角貿易について習った。
大学で“援助政策が文化的に与えた影響”を研究し、卒論を書いた。その中で、植民地政策が与えた影響についても、文献を多数読んだ。研究対象はイギリス植民地地域だったので、フランスの植民地だったこの国の事はあまり知らなかった為、非常に興味深かった。
特に、今どのように学校で教えているのか、非常に興味があった。

先生が「植民地ってなに?」
生徒が「植民地とは、白人がやってきて、黒人を支配したことです!」と答えた。
そういった瞬間。皆の目が私に集中。
そう。私は彼らにとって。白人。アジア人でも白人と彼らは呼んでいる。

先生は。「日本はこの国にやってきて、支配していきましたか?」
生徒が「違います!フランス人がやってきました」と言いなおした。

先生が私に。「日本はどこかの国の植民地だったのか?」
私は、「第2次世界大戦後、一時期アメリカに占領されましたが、植民地になったことはありません」
そう答えると。生徒たちに「ほら、日本は植民地化されなかったから、色々なものを自分達で考え、生産し、輸出し、お金持ちになったんだよ~」と教えた。

大筋間違ってはないが・・・・う~ん。。><

先生が教えた内容によると。
フランス人の探検家たちがやってくる前、モシ族は首長制で混乱なく自分達で政治を行い、生きていた。フランス人がやってきて、色々なプレゼントを渡して、仲間を増やしていった。貧乏だった(物が乏しい)ブルキナファソ人は、食べ物や武器が貰えるので、どんどん自分達の情報を出していった。そして最後には、首長を倒し、自分達が、コントロールする様になった。
という具合に説明した。

プレゼントを渡して、情報を貰い。自分達の計画通りに人を動かしていく・・・
目的は違えども。手法は自分が関わっている“援助”に凄く似ていると思って。ゾッとした。

そういう風に、こっちの人は、外国人援助者を見ているのだろうか。

先生は、歴史上植民地化は終わっているが、事実上続いている!と生徒達に説明した。
ブルキナファソに輸入される外国製品はフランス政府により高関税をかけられ、
大統領もフランスの顔色をうかがいながら、政策を決めて行く。
学校ではフランス語を勉強しなければいけないし。
フランスとの関係なしでは、国として成り立たない。本当の意味の“独立”ではない!と付け足した。


フランス語の勉強になっているかどうかはイマイチ不明だが。
楽しいので、毎晩通っている。

サッカーボール

職場から家に帰ると小さな訪問客が私を待っていた。
見かけた事はない子だ。近所の子ではないみたい。
「どこからきたの?」
「マルシェの向こうの孤児院からきた。。。。。サッカーボールをください。」

外国人に頼めばサッカーボールが貰えるかもと思って、わざわざ歩いてこの家までやってきたのであろう。

「サッカーボール。君にあげると。それを知った他の子もやってくるでしょ。
そしたら、何個も買わなきゃいけない。
そんなに一杯は買えない。だから。君にもあげる事できないんだよ・・・ごめんね。」
そういうと。シュンとして。「わかった・・・」といって買って行った。


それから数日たって、近所の子が「サッカ―ボールを買う為のお金ちょーだい!」
会う度に行ってくるようになった。
最初は、お金ないよ~んっていって逃げてたけど。
やっぱり、ねだり続ける。

「サッカーボールいくらするの?」聞いてみた。
1000Fcfaちょっとくらいらしい。
「ベンガ(豆ご飯)何杯かえる?計算できたら、考えたるわ!」
計算できないだろう・・・と思った。ら甘かった。
「100Fcfaもあれば、お腹一杯食べれる。でも僕はいつも50Fcfa分食べるから、20杯分だね!」
彼は、小学校を途中であきらめた子だったが、ものの数秒で言い当てた。

「正解・・・・20杯分ってたくさんあるよね~。それくらいサッカーボール高い物だから、買えないよ~」って言ってその日は逃げた。
でも子ども達の間では、「月末になればお金が入るだろうから、買ってもらえるよ!」と言っているようだ。う~んんんんんん・・・・・駄目だ。伝わってない><



1,000Fcfaって。
日本円で、200円ちょっと。
そう聞くと、何で買ってあげないの?ケチだな~と思う方もいらっしゃるでしょう。
私も半分そう思います。近所の子達は、本当に自分の弟たちみたいで、可愛くて仕方ない。イスラムの文化圏で、持っている者が持っていない者に与えるとされている風習の中、彼らは、ただ単にモノを持っている外国人であれば、自分達が買えないものを買ってもらえると思う。自然な事だ。

でも。日本で育った私。しかも、決して裕福ではない環境で育った私。
欲しい物は、月々のおこずかいをすこしずつ貯めて、買った子ども時代。
買えた時の喜び。。。。

欲しい物は、ねだれば手に入る事を教えてしまってよいのだろうか。。。。
本当に真剣に考えた。
考えたけど。答えが出ない。
かわいい近所の子ども達。プレゼントとして挙げてもいいじゃない。
と思う自分。
子ども達の教育上よくない!と思う自分。。。

そんなこんなで色々数日間考えた後。。。近所の子がサッカーボールで遊んでるのを発見。

「あれ?サッカーボール買ったの?」
と聞くと。
どうやら、既にサッカーボールは持っていて。きれいな新しいものが欲しかっただけらしい。。。。
「これ使い続けると破れてくるから、新しいのが必要なんだよ!」
「破れないように、工夫して、使い続けるの!わかった?」

サッカーボールも手に入らず。かわいそう。。。と思っていた自分は何だったんだろう。と思ってしまった。

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