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任地での活動開始????

任地赴任後、ひさびさの報告になります!

今、携帯電話会社が販売しているUSB型の通信機(昔のエッジみたいなもので)で、
ネットをなんとかしているのですが。
遅い!

しかも、つながる時はつながるのですが、つながらない時は全く・・・・
イライラの元ですわ。
もっと外に出たいのに。
でも、家族や友達に安否は知らせるのも大切な仕事。。。


さて、今行っている活動。
任地グルシの人に、私のことを知ってもらうこと。
家から配属先の配属先の教育省県局までの道のり。
会う人、会う人に
「ボンジュール!」
現地語でも
「ネイベオゴ~、ラフィ~?(おはようございます。お元気ですか?)」
特に、現地語(モレ語)での挨拶のウケがよく
「あ!ナッサーラ(白人)が、モレ語話してる~!!!」と大変喜んでくれます。
テンションあがり、そのままモレ語チェックテストの開始。
昨日会って話したおじさんに、昨日教えてもらった言葉を理解しないと、
「なんで、覚えてこないんだ!」らしき事を言われる。

でも、サバアレ。(きっと大丈夫!)

そんなことをしながら歩いていると、徒歩15分の配属先まで1時間以上かけて出勤。
当然、出勤時間の7時に間に合うはずもなく。。。
配属先の人に、「今何時?」と、嫌味を言われる始末。
でも、遅れた理由を説明し、道行く人に教えてもらったモレ語を綴ったノートを見せると。
納得するどころか、かなり喜んでくれる。
「市長選にでれば?きっとみんな投票するよ!」と。

お昼休みの2時間半。
ご飯を食べに、家に帰る途中。

勤務後。家に帰る途中。
いろいろな所に立ち寄っては、お喋り。

お茶を呼ばれたり。この前は、昼ごはんご馳走(ご飯と羊肉の肝臓グリルしたもの。おいしかった~><)になったり。

昼休みは十分休む時間がなく。
夜も遅くなる。

しかも。相手は私の名前を覚えてくれているのに、私は。。。。思い出せない。
どこで、会った人だ?だれだったっけ?
「ウエドラゴさんだっけ?」というと5分の1くらいの確率でその場をしのげる。
日本でいうところの“鈴木さん”

職場では。
統計課の人に、学校に入学した子がどれだけ卒業できたかなど、教育省に提出するためのデータを「何これ~」といって、説明してもらって。
*地域によって、卒業できる子どもの割合が大きく違い、やはり女子生徒は男子生徒に比べ、学校を継続していけることが、難しいことが分かった。地域差については、今後、巡回し、何が原因か、この目で確かめたいと考え中。

人事課の人に。
職員の給料体系や昇進の仕組みなどを説明してもらって。
数年前から、年功序列の給料体系から、勤務態度を評価する仕組みになったらしい。
なので、凄くお喋りしているようで、ちゃんと局長には、みんな“ごますり”をしている。
たとえば、局長が出張から帰ってくる時には、ちゃんと家から職場に戻ってきて、働いているところをアピールしたり。
観察していると、面白い。
形だけでも、勤務態度を評価する仕組みは、やる気を促進させるには良い方法だと思う。
その仕組みは、明確に決められており、非常に体系立っていると思った。フランスの影響もあるのだろうか。。。

カウンターパートになる生徒の生活環境改善課の人には。
彼の去年の活動内容を説明してもらった。
凄く有意義だった。
私が配属されたこの課は、生徒のための活動を企画、運営を学校の先生組織と一緒に行っていく。
衛生啓蒙活動、スポーツ大会、ダンス大会、環境問題啓蒙活動、コンポスト作製、植林、劇。。。。本当に多岐にわたる活動を企画している。
それを彼一人で取りまとめている。凄い。。。

「今年の活動を今練っている段階だけど。君は何がしたい?」と聞いてくれたので。
「私は、子どもが安全な水にアクセスできる様、病気にかかって学校に行けなくなる状況を少しでも無くしたいと思って、ここに来たけど。それだけでなく、ブルキナファソに生まれたことを子どもたちに誇りに思ってもらう活動を一緒に企画したい。」
と答えた。

なぜ、そう答えたか。
この国の人は、よくいう。「日本は豊かな国だ。ブルキナファソには何もない。貧しい国。」
でも、いつも考えていた。
ほんとに何もないの?
ここには、争いごとを嫌い、異文化を認め合い、助け合ってきた人たちがいる。
朝から晩まで、腰を丸め、働きものの人たちがいる。
挨拶を大切にし、家族や友達と過ごす時間を大切にする人達がいる。それは、財産ではないか。。。


そんなとき、私のカウンターパートはこんなことを言ってくれた。
「ブルキナファソの人は、ヨーロッパやアメリカにあこがれて、自分たちの持っているもの大切さを忘れている気がする。私たちには、伝統工芸やダンス、歌があり、それは世界中のどこを探してもここにしかない。それは誇るべき文化だし、守っていくべきだ。国の発展は、まず自分の国を好きになる事だと思う。それを子どもに学んでほしい。。。」


聞いた時、熱いものがこみ上げた。
そうだ。国の発展ってそういうことだと。
うれしかった。自分の国を好きだと胸を張って言う人をあまり見かけないのを残念に思っていたから。

まだまだ、始まったばっかり。これから、時間をかけて観察し、計画を立てていこうと思う。

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赴任前日

2010/08/11

明日、私はようやく任地での生活を開始する。


語学研修が終わり1週間以上の寮の生活が終わりを迎える。
思い起こせば、30人ほどの集団生活が、大変だと感じたこともあったが、
買ってきた野菜を出し合い、試行錯誤しながら、料理を作ったり、
一緒に食べに出かけたりしたことが、本当にいい思い出になった。

今日も、私の最後の夕食を、同期隊員と一緒に作る。
オムライス、野菜とハムのコンソメスープ
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大量につくったけど。ぺロリ
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本当に、美味しかった~。


こんなに、野菜が入った料理は一人分ではまず作れないな。。。
と思うと、急にドミ(寮)から出るのが、さみしい気持ちに。

明日から、ちゃんと生活していけるの。。。??



私が赴任するグルシは、首都から車で約2時間、北西に位置する。
任地で、ベットをオーダーしたものの、
マットレスは首都でしか、購入できないため、
本日、購入し、バスで輸送した。

というのも、マットレスには2種類あり、
普通のマットレス、テクニカルマットラーとよばれるバネつきのものがある。

語学研修中に使用したマットレスは、バネなしであったため、
柔らかすぎて、体がマットに沈み、、、、肩がこって、快眠できなかった。
そのため、ちょっと値が張ろうが、バネありを購入したいと考えていた。
だって、、、
ここでの生活はシエスタ(お昼寝)もあり、睡眠をいかに楽しむかは、かなり重要!


バネつきの相場は6万~10万Fcfa
品質によって。値段は変わる。
8万Fcfaのものを、6万5千Fcfaまで値切った友達に便乗し、同じものを購入。

グルシ行きのバスがでるバス停まで店のおじさんがTAXIをチャーターしてくれた。
どうやら、Ouagadougou市内であれば、値段の中に運送費も含まれているらしい。

さて、荷物を運んでくれるバス会社とそうでないバス会社がある。
グルシ経由ワイグイヤ方面のバスであれば、STMBやSTAFというバス会社があるが、
STAFが荷物だけの輸送も受け付けている。

マットレスの送料は3500Fcfa。(あとバスに乗せるために運んでくれた青年に500Fcfa徴収された。)


6万5千Fcfaって、今の私には結構大金。
そんな、大事なマットレス。
もう少し大事に運んでほしいんだけど。
なんと2つ折りに!中に、バネが入っているんですけど。。。。
そして、オートバイ達と共に、バスの荷物入れに放り込まれる。。。
あ~無残な姿。。。
冷蔵庫はこの方法では運べないわ。。。買ってもすぐ、壊れそう。


バスに乗せられたマットレスは、グルシに運ばれ、グルシのバスターミナルで1晩保管される。
保管といっても、たぶんただ置かれているだけ。
大丈夫やろうか。今頃。。。

配属先の同僚の人に見に行ってもらう様、依頼したので、たぶん大丈夫でしょう。

マットレスが、どうなってしまったか。またお知らせします。

とういうことで。ワガでの夜も今日でお終い!?
明日からネット環境が本当にわからないので、何とも言えませんが、できる限り、アップしたいと思います。
(日本から、結婚が決まった~、子どもが産まれた~、子どもが立つようになった~、引っ越しした~
仕事がさ~、、などなど色々近況を教えてくれて、ありがとう!
これらの連絡は、本当に元気がでます!
明日から、とうとう任地での活動が始まるので、また時間があるときは、近況を教えてください。
活動の励みにします!!)

路上の子ども

2010/08/12

日も落ちていく時間帯に、首都Ouagadougouを、歩いていた。

10歳くらいの男の子が、
「食べ物をください。。。」と言ってきた。

ぼろぼろのTシャツを着て、足ははだしだった。

「どうして、フランス語しゃべれるの?学校いったことあるの?」と聞くと。

しまったという顔をして、
「今はいってない。。。」

村を出て、首都に来たと言っているが、本当かどうかはわからない。

一緒に歩いていたもう一人のボランティアの
「無視しましょう!もらい癖がつくと、この子の為にもよくない!」
という言葉を振り切り、私は、色々な話をした。
通っていたという学校のこと。
家族のこと。(あまり、語ってくれなかったが)

そして、持っていたビスケットの小さな袋を開けて、渡した。

「暗くなるから、おうちに早く帰りなさい!」と言って。




私も、つい最近までは、物乞いに会うと、無視をしてきた方だ。
物を与える事で貧困はなくならない。
子どもにもらい癖がついても、困る。
などと、自分自身に言い訳をつけ、無視してきた。

でも、人間、おなかが空くと何もできなくなるし。
ビスケット1枚で、その子の貧困を救えるなどとは、少しも思わないが、
少しだけ、空腹感を紛らわすことができるのではないだろうか。

たとえば、その子どもが、ある大人に雇われていて、
その食べ物を売って、お金を稼いでいるとしたら、
商品にならないように、袋を破いてあげればよいし。


もし、自分の友達が、おなかがすいた~といっていたら、
ビスケット1枚どうですか?と差し出すのは、いたって普通の行動ではないだろうか。。


無視して、自分たちは、おなかいっぱい夕ご飯を食べる。

それが、私にはできなかった。


何が正解かわからないな。。。。

牛タン+生ビール+Poulet

2010/08/08

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ブルキナでは、愛情のバロメーターは、Poulet(鶏の丸焼き)をご馳走された回数だそう。
ここぞという時は、Poulet食べにいかない?と、男の子は誘うそう。

だれにも誘われてないけど、
女子4人で食べに行ってきました!

Pouletも目玉の一つだったんですけど。
私たちが気になってたメニューそれは。。。。牛タン!

だって、ブルキナで牛タンが食べれると聞いたら、そりゃもう行くしかないでしょ!

張り切って、17時出発。
寮から、ちょっと離れているせいか、タクシーに先に乗ってたおばちゃんが降りるところを通ってから、行ったからか、30分後に到着。

そうなんです。ここブルキナでは、車が人でいっぱいになるまで、“空車”なんです。
なので、まだ乗れそうだな~という時は、手を挙げて、止めてください。
運よく同じ方向であれば、乗せてくれます。
でも、料金は一人ずつ払います。
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話を元に戻してっと。
店の名前は“Le title”。ブルキナのお越しの際は、ぜひお立ちより下さいな。
店につくと。“Pas encore!”(まだ準備中)、夜の6時にOPENとのこと。
朝から楽しみにしてたせいもあり。ちょっと早く来すぎたかも。

30分間、周辺をうろうろ。
子ども集団に囲まれる!
カメラを向けると。整列!
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ちょっと。自然な感じが取りたいのに><
でも。かわいいからいいっか。


もう開店しただろうと、もどってみると。
誰も客はいない。。。。
本当に、大丈夫なの?
不安になりながらも、「とりあえず。。生!」
そうなんです。このセリフを言いいたくて、言いたくて。
この国では、珍しく、なんとこの店には生ビールが!
素敵すぎる!
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本当に、感激でした。
メールのやり取りをさせていただいている方には、何度このフレーズを書いたことか。。。
“生ビール、焼き鳥、枝豆。。。。恋しい。。。”
残念ながら、枝豆は叶わなかったけど。

あと、牛タンが、想像していた牛タンと全然違って。
私の知っている牛タンって、焼き肉屋で、レモンと塩で食べる薄~い丸い肉。
でも、出されたのが、これ↓
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不安になりながらも、口にしてみると、やわらか~~~~~い!とろける~~~~
本当に牛タン?でも確かに、メニューには“牛の舌”って書いてあったんだけど、
全然別物!


がっつり食べて、ふと周りに目をやると。
ブルキナの若者達で、店は一杯に!やっぱり、男女の組み合わせが多い!
そんな中。
男4人女3人のグループが、私たちの横に。
そう、日本で光景よく見ますよね^^

その中で、なかなか女の子に話しかけられない男子が。
どの国にもいるんだな~。合コン(←勝手に決め付けてる)で、本領発揮できない人が。

そんな、若者観察をじっくりしながら、夜は更けていくのでした~

また会いに行ってきました!


2010/08/07
任地赴任前に、語学学校でお世話になったホテル(ペンション・サラ)に、挨拶に。
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というのも、そこのリ・グラがどうしても食べたくなって。
リ・グラ ドゥ ムッシュ KAWASAKI!
しかも、魚も乗せてくれて。素敵すぎる!


ごはん食べた後は、みんなでお喋り・・・
あ~この1週間くらい寮にいて、日本語しかはなしってなかったツケが。。。
あ~フランス語力が落ちてる!!!!
凹みました。

そのあと、語学学校校長の家にも、お邪魔し。
以前のパーティーの様子を、またビデオで見ながら、お喋り。

校長の話によると。
現在ブルキナファソ人と日本人のカップルは15組らしい。
今後増えていくのでしょうか。。。ぜひ期待^^



ブルキナファソのこども

服の仕立て屋さんを探して、キョロキョロ道を歩いていたある日のこと。
ボンジュール。ブラン!
  (こんにちは。白人!*こっちでは欧米人も黄色人種も白人と言われます)」

後ろを振り返ると。

握手を求める手が。

「ボンジュール」
挨拶をし、握手をした。

しばらく歩くと、さっきの子が追いかけてきた。
ふと、一方の握りしめていた手を広げて、私に差し出した。

???

何?

その少年の手の平を見てみると、紙に包まれたキャラメルが一粒

「え?私に?」

正直、最初何が起こったのかわからなかった。



今まで、東南アジアやインドを訪れた際、子どもたちが私を取り囲み、
「マネ~」
 「お腹すいたよ~」
というような、経験は何度となくあったが、逆に何かを貰う経験はなかった。

その少年は、決して裕福な家庭な子ではなく、ごく普通の家庭で育てられている子であり、
きっと大事にとっていたおやつを、わざわざ持ってきてくれたのであろう。

そう考えると。
一瞬、手を差し出された時に、
「あ~、またお金をねだられるのかな。飴玉でも、持ってきとけばよかった。。。」と思った自分が、恥ずかしく思った。

「ありがとう。気持ちだけで、うれしい。今お腹いっぱいだから、僕が食べて!」
と私がいうと、彼は友達のもとに走ってもどって行った。


思い返せば、ここで物乞いをする子どもに出会ったことは首都の街中で1回しかない。
ここの子どもたちは、少々恥ずかしがり屋ではあるが、こちらから挨拶をすると、
丁寧に挨拶を返してくれる。
学校に行っている子、行っていない子、それぞれあるのだろうが、
礼儀正しい。

ときどき思う。
援助がもっと入り、国自体が発展してくると、きっと貧富の差は広がるだろう。
援助の恩恵を受けられる人。
受けられない人。
そして、“自分は貧しい”という認識を、今以上に感じる場面が多くなるだろう。

すると、私が訪れたアジアの国々で出会った、物乞いをする子どもたちの様に、
外国人観光客に対して、「ボンジュール!」という前に、「お金ちょうだい」という風になるのだろうか。

外国人の私がこう思うのは、凄く勝手なことだと思うけど。
“発展する”って本当に、良いことなのだろうか?
やっぱり、「ボンジュール」と屈託のない笑顔で声をかけてくれる子ども達のままでいて欲しいな。。。
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独立記念日

2010年8月5日

今日は、ブルキナファソの独立記念日。
50年前の今日、ブルキナファソは独立した。
その当時は、ボルタ川の上流の国という意味で、オートボルタっていう国名で。
私が生まれた年に、トーマス・サンカラによるクーデターが起こり、
私が1歳の時、ブルキナファソに改名されたらしい。
なんか、変な感じ。
“ブルキナファソ”が誕生したのは、ついこの間のことなんだ。(いや、結構歳月は流れてますよ!とツッコミの声が聞こえてきそうですが。。。)

“独立”ってなんか凄いことだと思うんだけど。
しかも、50周年だし。今年は。。。。

花火とか~ お祭りとか~

でも、街は。。。いっつも通り。
というか、午後からは、お店がどんどん閉まるし。
単なる祝日!?


ご安心あれ。
日を改め?、やはり今年は50周年とのことで、第2の都市(ボボ・デュラッソ)でお祭りをやるそう。
よかった。よかった。


実は今週から、他の仲間達は、それぞれの任地に旅立っている。
明日は、第2陣が任地に出発。
その前に、みんなで料理を作り、持ち寄り、ささやかながら送迎会。
カルボナーラにカレーライス、皆、ある食材でいろいろ工夫して、馴染みの味を何とか再現。美味なり~!Merci^^

私も、ナスのはさみ焼きを作った。みんなのお腹がこわれる事がありませんように!!!

Ouagadougouで食べられるご飯

2010/08/05

任地で生活を始めるにあたり、色々買いそろえる必要があり、
かなりお金に余裕がないので、基本、自炊なのですが。。。
首都ならではしか、口にできない食もあり。。。

行ってきました!

まず。インド料理。
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高いけど、すごく美味でした。スパイシー度を選べ、バターナンと数種類のカレーを頼みました。
スムージーが最高。。。
でも。やっぱり高い。。。1人あたり5000Fcha(日本円で1000円)
ブルキナ料理を屋台で食べると200Fcfa(日本円で40円)だから、何回分やろう。。。


そして、先輩に連れてって頂いたフランス料理。
こちらも高かったですが。。。量がいっぱいですごく幸せな気分に^^
ポークのソテーに、鶏肉のトマト煮、サラダ。。。
おいしい。なんとワガでクリームブリュレ食べちゃいました!!
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それにしても、こういうお高いお店は、現地人よりも外国人が目立ち、
ブルキナにいないみたい。
水槽あるし。ここは一体どこ??

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よし。明日から。また自炊の日々。
頑張ろうっと。

外務省表敬訪問

2010年7月30日

外務省表敬訪問に行ってきました。
20人以上いるボランティアは、一人づつ、挨拶。
Je m’appele...

こんな感じで、TV局も入ってました。
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外務大臣の挨拶が済んだ後、職員の皆様と話す機会があり、
これまでのブルキナでの生活の様子、
自分の活動の様子、
日本のことなどなど。色々を話しました。


アジア担当の方が多かったためか、日本の事についても興味深く話しを聞いてくれました。




その翌日。。。
友達の携帯に、ホテルでお世話になった掃除係の男の子からメールが。
私たちの事が、ニュースに写っていたそうです!
明日から、中国人ではなく、日本人って言ってくれる人が増えるかな・・・!?

ホテル暮らし最後の日

2010年7月27日

今日で語学訓練終了。
1か月、長いようで、短いようで、やっぱり長かったかな。
初めてのこともいっぱいだったし。

暑かったな~この部屋で寝るの・・・
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ナイトクラブ的な建物?から毎晩聞こえてくる大音量でブルキナミュージックも。今日からはないんだ・・・
と思うと。少しさみしい。

ここには、フランス人のボランティアが、入れ替わりで宿泊していたので、
色々話しができ楽しかったし。
なんといっても、ホテルの従業員のみんなには、私のフランス語、そしてモレ語の練習に付き合ってくれて。。。
感謝、感謝。
日本の味。”柿の種”を贈呈しておきました。

あ~。シェフが作ってくれたリ・グラ アベック ポワソン(魚)食べた~い!!!



打ち上げパーティー

2010年7月末

フランス語の現地語学訓練が終了する前夜、先生の自宅でホームパーティーを行うことになった。
料理の準備から、参加させてもらえるとのことで、午後の授業を早めに切り上げ、ホテル近くの先生の自宅に向かった。

すでに、お手伝いさんや娘さんたちが料理の支度にかかっているところに、交る。
トーと2種類のソース(オクラ・ピーナツ)
野菜と肉がたっぷり入ったリ・グラ
鶏肉のから揚げ
・・・様々な料理を手分けして作っていく。
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一番興味深かったのは、トー作り。
これが、できないと、お嫁にいけないくらい。定番のメニュー!
なのに、手間暇がものすごくかかる。
トウモロコシの粉を、お湯の中に入れて、火にくべながら
混ぜて、混ぜて、混ぜて、、
お湯を足して、
また、混ぜて、、、、
という作業を繰り返す。


さあ。出来上がり!
ビールやジュース片手に、
「ボン・サンテ~!」


日本の歌を披露する人。
少林寺拳法の型を披露する人。
そんな中、私はある先生の物まねを披露。。。苦笑
誰を真似したか気が付いてくれたかな?


そのうち、ダンスが始り。
さっきまで、懸命に料理を作り、おとなしく、つつましいイメージだったお手伝いさんや娘さんたちが踊る。踊る。私も踊る。。。。すごい熱気。CIMG5376_convert_20100802020455.jpg



でも、宴が終了すると、さっきまで踊っていた女性陣はさっさと片付けに取り掛かる。
いつも、働いている分だけ、楽しむ時は集中して楽しむのだな。。。と思った。
そして、いつも通り、男性陣は、ただ座って料理が出来上がるまで待ち、食べて飲んでるだけだった。
いつも通り、「伝統だから」と言いながら。

この1カ月、色々な先生にお世話になり(授業が交代制であったため)、
ブルキナでしか通じない?フランス語、ブルキナの文化、価値観、
色々なことを教えていただいた気がする。

黒板の字を以上に気にして、何度も書き直すマダム。
La vie ets bell!N'est pas!?(人生は美しい!だろ?)を連呼するムッシュ。
日本人並みに空気を読むムッシュ。


(下痢で大変だったことを除けば。。)今では、すべてが、貴重な時間。

語学研修終了しました。

2010/08/01

約1週間くらい前に、語学訓練を終了し、
ボランティア達が利用できる、ドミトリー(寮)に戻ってきました。

また、集団生活の始まりです。


集団生活といえば、トイレやシャワーの順番待ちが大変だったりするけど。。。
先輩隊員をはじめ、色々な人と話ができるので、楽しんでいます!


今は、昼間は赴任後の生活を始めるにあたっての色々なオリエンテーションを受けたり、
関係省庁に挨拶にいったりしています。
先日、外務省表敬やってきました。(その様子も、できれば、お伝えしたいです!)


寮に戻ってきてからは自炊なのですが、
今後任地に行ってからは、絶対口にできない、韓国料理、インドカレー、ハンバーガー

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