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ラマダン明けのお祭り

9月10日。ラマダン明けのお祭りがブルキナファソの各地で行われた。

なので、この日は祝日。職場もお休み。

朝、8時半。
警備員のお兄ちゃんがドアをたたく音。「お祈りにいくよ!」
ベールをかぶってこいとの事だったので、ブルキナファソの民族衣装にベールを頭にまとい、髪を隠して、いざ出発!
お隣の子ども達と一緒に近所のモスクに。
この1ヶ月間、朝4時から流れるモスクの音楽というか、お祈りの大音量に安眠を妨害される日々がしばらく終わるのかと思うと。ちょっとホッとするようなさみしいような。。。

でも、近所の人がラマダンする中、ご飯を食べる罪悪感からやっと逃れられる。。。

こんな興味本位で、儀式に参加していいものか迷ったものの、グルシの人たちは暖かく、
ナッサーラ(白人)のために、お祈りスペースを空けてくれ。一緒にお祈りすることに。
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おいのりが終わった後、子ども達は、ジュース売りのところへ。
小さなビニール袋に詰められたジュースに穴をあけ、のむ。
そして、お祈りされていた場所は、その小さなビリール袋の残骸でいっぱいに。。。
なんで、ごみ箱に捨てないんだろう。この国の人は。。。。


その後、グルシの長老(シェフ)の家に招待され、お邪魔することに。
日本製の大きな薄型テレビが置かれた超豪華なリビングルームに通されて、ちょっと緊張。
この国に来た目的、2年間の活動内容、日本のことなどを話しをしていると、近所の人たちが次々と食事を運んでくる。この人はどうやってお金を稼いでるんだろう。。。。

なんてこと聞けないし。

クーラーがガンガンにきいた部屋で、ご馳走になり、フランスのドラマを大型画面で鑑賞。。。なんか、想像していたシェフの暮らしとはかけ離れた生活。
しかし、次々とグルシの重要な人物が挨拶にやってきて、やっぱりこの人は凄い人なのだと実感。

シェフの家を後にし、近所の家を一軒一軒訪問。
日本の正月の様なものなのであろう。
それぞれの家で、鶏や羊、牛が解体されて、料理され、それを訪問者にふるまうのが、伝統らしい。そして今日ばかりは、トウモロコシの粉で作ったトーではなく、米がたかれ、肉やソースと一緒に食される。
今日の日の為に、髪型が新しくなり、服を新調し、アクセサリーを身につけ、みんな華やか。今日ばかりは、みんな見違えるよう。
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私もブルキナ衣装に着替え、ハイポーズ。
これ、警備員とお隣さんとの記念撮影。
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あ。。。横になってしまった。



訪問した家全てで何かしら、ご馳走してもらい。胃がパンパンに。。。。。


今日は街では色々なイベントが開催された。
チンドン屋さん?みたいな大道芸人たちが練り歩き、そのあとを子ども達がついていき。
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バイクのレース。優勝者にはなんとヤマハのバイクをプレゼント。会場は大盛り上がり。
夜は街の中心にある屋外講堂で、地元の仕立て屋さんや美容師さんたちが自分達の腕を競うファッションショー。モデルは地元の若者。家族は自分の子どもがポーズをとる度に大歓声!
地元のコメディアンによる漫才?(現地語で行われたため、笑いのツボ一切わからず。。。)
ゲストでラッパーやレゲイ歌手によるコンサート。みんな席を立って、体を動かし。叫び。
すごい熱狂ぶり!
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こんなイベントを企画、運営、司会をしていたのはなんと。。。私のカウンターパート!

彼は、グルシ市の活性化のため、若者を中心に色々なイベントを企画している。
このラマダン明けの祭りのイベントの為に、スポンサーになってくれる人を探し、イベント遂行のための関係者への説明、市役所をはじめとする行政への許可申請、イベント警備依頼のため、警察に応援要請を出したり。。。いろいろ大変だったんだな~。
と今日、納得。

そんな多忙な彼を巻き込み、私の要請されている活動(衛生啓蒙活動・井戸管理)をやることができるのだろうか。。。
自分だけの活動になってしまうのではないだろうか。。。
と同時に不安に。。。。

とりあえず、今は、人間関係作り。相手の仕事を観察し。ヒントになることを探して行こう。
あせらず。あせらず。と自分は言い聞かせつつ。

巻き込んでいくってやっぱり難しい><
皆さんアドバイスお待ちしておりますう。。。
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子どもキャンプ

私の任地(グルシ)から北にバスで30分程の(大=>グルシに比べて)都市ワイグヤに行ってきました。
現地の団体と先輩隊員が共同主催している「マラリア対策」「衛生教育」「環境教育」を目的としたキャンプの見学が目的。

子どもといっても、年齢層は、幅広く、日本でいう小学校1年生~高校生までの約40人が参加していました。基本、子ども達はこの3日間のキャンプ中、学校で食べ、学校で水浴びし、学校で寝るのです。

プログラムは盛りだくさん!

まずは、自己紹介ゲームで、アイスブレーキング
絵を見せて、“病気にかからないように、衛生に気をつける事”の話しをし、
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“手洗いの歌”をみんなで大合唱、
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植林、
目を閉じて、自然の音に耳を傾け、
マラリアについて勉強したことをグループ毎に分かれて纏め、発表、
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ダンスを踊り、

フランス語版「となりのトトロ」を鑑賞(手押し式ポンプや蚊帳で寝るシーンがあるんですよね~)

皆で、教室に蚊帳設置。
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色々やりました。

子ども達の音楽の能力にはびっくり。
聞いたことのない歌を一瞬でマスター。大合唱するまでに。
(アブラハムは7人の子、小さな世界もフランス語で大合唱!)

噂?によると、一方的な説明形態が授業の主流のこの国。
子ども達は、グループワークに慣れておらず、意見を出し合うことに最初戸惑いを見せつつも、最後の発表の際には堂々と発表。

普段は、男の子の後ろに隠れがちな女の子も。男の子より積極的に発表していたことにうれしくなりました。
夜までずっと一緒にいる事は出来なかったけど、一緒にご飯食べたりしてすっかり仲良しに。手で食べるって、いまだに難しい。
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私の食べ方を見て、大爆笑。。。そんなに笑わなくたっても。。。。




このキャンプをきっかけに、家族や友達など、周りの人に、
「マラリアって予防できるんだよ!」とか、
「食べる前は、手を洗おう!」とか、
「ごみは、どこでも捨てちゃ駄目!」
「自然は、友達。大切にしないと!」
っていう事を伝えてくれたら、更に素敵だな。。。


継続的に、続けていけば、きっと嬉しい変化がこの国に訪れるはず!

宗教のはしご・・・?

朝4時過ぎから、響くモスクの放送。
夜12時過ぎまで、止まないダンスミュージック。

一体この国の人は、いつ寝てるんだ?

聞いてみると。

寝てないらしい。あまり。

凄い。体力。でも。男の人は、一日中まったりお喋りにふけってる人が多いし。
なんとかなるのかな。。。。


そんなこんなで。
私の家の近くに計5個のモスクが密集してる。
教会もいくつかあるけど。
やっぱりマリ国境に近いせいか。イスラム教徒が多い気がする。

近所でよくお喋りに参加させて頂くおじさん達もイスラム教徒。
聞いてみると小学校の先生らしい。
今休みだから、一日中座ってお喋り。
朝、私が県局に出勤する時も、お昼休みで帰ってきた時も。
お昼寝後再出勤する時も。夜帰ってきた時も。
いっつも同じ場所に。同じメンバー。

不思議だ。
飽きないのかな。

話す話は。イスラムのこと。
日本にはほとんどイスラム教徒がいないので。なんとなく、遠い存在だった。イスラム教徒。日本から持ってきた宗教の本によると。キリスト教徒より、イスラム教徒人口が世界中で多いらしい。



この前。自称仏教徒だからできる事をやってしまった。。。
日曜の朝、別の場所でよくお喋りする方から、電話があり、
「元気が余ってたら、教会に行ってみない?」
連れて行ってもらったのは、家の直ぐ向かいにあるプロテスタントの教会。
ミサの時間はなんと朝の9時から昼1時過ぎまで。
帰った時。思ったこと。凄く。凄く。体力消耗した。。。。
最初はよかった。牧師さんらしきおじさんがモレ語(現地語)で話し、
もう一人のおじさんが、フランス語で話す。内容は聖書のことから、どのように子どもを教育するべきか。。。など、比較的わかりやすい内容。
フランス語で話してくれる分には、なんとなくわかるので、リスニングの勉強になる。
途中で、「ナッサーラ(白人)に何かしゃべってもらおう!」と私も自己紹介。
ダンスあり、歌もあり。凄く楽しい空気で、時間が流れていた。

ところが。
11時を過ぎた頃だろうか。。。。
お祈りの時間が開始。今まで。ヨーロッパやインドでミサに参加したことがあったが、
こんなに強烈なお祈りの時間は初めてだった。
皆いっせいに、祈りだした。。。というか、叫びだした。各々が、一心不乱にそれぞれの言葉で、叫んでる。。。
私もこの際なので、日本語で。
「家族、友達、大切な人。みんなみんな健康でありますように!」
「生きて帰れますように!」
「お腹痛いの治りますように!」。。。。
まだ。終わらない?
そろそろ私もお祈りすること尽きてきたんだけど。。。
結局、1時間半くらい。お祈り(叫び)の時間は続くのでした。。。。


そして、その日の夕方。
夕ご飯の買い物へ、マルシェへ。案の定。いつものところでおじさん集団に、寄って行け~と声をかけられる。
「モスクでお祈りしていかないかい?」と誘われた。
でも、私今日の朝、教会行ってきたばっかだし。自称仏教徒だし。。。まずくない?
「大丈夫。大丈夫。もしいいと思ったら、改宗すればいい!」
・・・・。改宗って。そんな簡単にできまへんがな。
第一、 今のラマダン期間中、ちょっとやってみようと思い、8時間後に断念。どうしてもお腹がすいて。少年に差し出されてたピーナツを断れなかった。。。。
それに。日本の両親が驚いちゃうし。
なんて、色々言い訳してると。
「大丈夫!見るだけで問題ないから!」

そういって、お祈りの仕方を教えてもらった。
まず。モスクに入る前に、水で体を清める。(洗う)
1. 口×3回
2. 鼻の穴×3回
3. 顔全体×3回
4. 右手=>左手×3回
5. 頭(前=>後ろ 、後ろ=>前)
6. 耳(穴=>後ろ)
7. 足(右=>左)

そして、女性は男性と一緒にお祈りはできないので、別の扉から、入る。
もちろんベールで髪や肌を隠して。

モスクの中に入ると。
男性がお祈りするスペースと布で仕切られていた。
何もない空間。
申し訳なさそうに入って行った私を、女性達は優しく私を真ん中に入れてくれた。
お祈り中のルールは、後ろは振り向かない。しゃべっちゃいけない。
後は見よう見まね。
ヨガの太陽礼拝に少し似ていると思った。体を曲げたり、頭を床につけるところが。
足を少し広げるのだが、足の小指を隣の女性の小指とくっつける。
なんとなく、皆がつながってるような気になる。

モスクで初めてお祈りした感想。とても、静か。朝のプロテスタントのミサと違って、凄く穏やかな気持ちになれる。でも。これを毎日5回。かかさずやるって。やっぱり凄い。。。

凄く貴重な体験をし大満足。でも、ハシゴしてしまって、ちょっぴり罪悪感を感じる1日だった。
(翌日から、なんで毎日モスクに来ないんだ!って言われてしまってる。。。やっぱり興味本位でのぞくだけでは、駄目だったんだろうか。。。名前はいつしか、サミユラ(アラブの名前らしい)と呼ばれてるし。。。ちょっと複雑><)

人との付き合いの難しさ。。。。

フランス語で“久しぶり!”を Ça fait longtemps!“という。
英語でいう。“Long time no see you! ”だ。
でも、ここブルキナでは、Ça fait 2 jours!という。
そう。2日ぶり!という意味。
1日あけると。もう久しぶり。

それを言われるだけならまだしも。
なぜ、昨日挨拶に来なかった?っと言われてしまう。

え。通ったけど。お姉ちゃん昨日ここにおらんかったやん!そう言い返すと。
あ。そうなん?なら仕方ない。と納得してくれる。
でも。毎日。その場所を通るわけじゃない。
毎日。通っては、お茶をご馳走になり、話しをしていると。仕事に行けない。。。
仕事に遅れると。職場の人たちに、「何してたの?」といわれるし。。。

この街に。外国人は私だけ。
なので、皆私と話がしてみたいらしい。
というか。私に“日本に連れて行け”という人も多い。どこまで本気なのだろうか。。。
子ども達に至っては。私が通る度に。「ナッサーラ(白人)」の大合唱。

皆と話したいが、私の時間も限られてるし><


ある日失敗したことがある。
「今ちょっと用事があって、時間がないから、後でね!」と言って、その場を切り抜けたことがあった。
次の日。そこを通ると。
「昨日待ってたのに。なんでこなかったの?」とかなり本気で怒ってた。
私はなぜ、そんなに怒らせてしまったのかイマイチ理解できなかった。私だって忘れたわけじゃなく、職場の帰りが遅くなったので、寄れなかっただけなのに。。。って。

その後、知り合いから聞いた話。
キリスト教。イスラム教。全て神との契約が基になっている。
つまり、言葉でも。「~する」といったら、その時点で絶対的な約束をしたことになっているらしい。信仰が篤いこの国の人は、なおさらその意識が強いなのだろう。

なので、その日以来。
後で立ち寄るよ。と声をかけた場合、その場に行くようにしている。
もちろん、相手が来ていない時も多い。そんな時は、私が会いに来たことを他の誰かに伝えておいてもらう。

あ~どこの国でも、人との付き合いは難しいですな~。。。

私の家

サロンに、寝室、荷物置き場にしているもう部屋、シャワールームにトイレ。
キッチンはないけど。一人暮らしには凄く快適な広さ。
窓が多い分、風通しも良く。外は熱くても。家の中は涼しい。
今日やっとトイレの電気が来て、便座も取り付けてもらった。
断水も多く、トイレ流せない。。。。ことや。
電気も夜、停電して何食べてるかよくみえない。。。こと。
フトコロ事情で、冷蔵庫が買えていないため冷たい飲み物が飲めない。。。。><こと。
以外を除けば、想像していたより快適な暮らし。

それが、今の私の家。
家賃は、ブルキナファソ政府から出ている。
被援助国が家を用意してくれるのは、アフリカでは珍しいらしい。

そして、交代制でいつも門にはガードマンをつけている。
よく知り合いが家に訪ねてくるのだが、ガードマンはその人たちの動向を監視。。。
素晴らしい徹底ぶり。

そのうちの一人は、少年兵としてコートジボアール、シエラレオネで戦っていた過去を持っているらしい32歳。そんな過去とは逆に、物静かで。でも面倒みがものすごく良い。
ずっと年下だと思ってたくらい。若く見える。
あんまり、聞いていいものかわからず。何故戦争にいかなければ行けなかったのか、まだ聞けてない。


あと。話しがかわるが、迷っていることが1つある。
前任者の人が雇っていた掃除の少女がやってきた。
「いつ働けばいいですか?」
彼女は、学校に行ってて。今は夏休み。学校が休みの週末に来て、掃除や洗濯をしていたらしい。

日本で、“子どもの権利”について考えるイベントを行ったりしてたので、
子どもの労働を反対していた私が雇っていいのだろうか?
でも。この子の収入が減る事で、この子の立場が悪くならないだろうか?
と考えたり。
また“現地の人と同じ目線“で活動するためには、まず現地の人と近い生活をしたいと思い、掃除や洗濯をしていると”水“の大切さが本当に身にしみる。それをだれかにやってもらうと。そういう感覚を忘れてしまうのではないか。。。と。

なので、今は少し保留中。
もう少し、色々見てから、色々な人の意見を聞いてから、決めようと思う。

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