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トイレが無い学校

少し町から離れたところでも、トイレ・井戸が無い学校がある。
ポンプがあっても、故障して、使えず何百メートルも離れた村の井戸から水を汲んでこないといけない学校もある。

この前、学校建設プロジェクト事後評価できていた民間のコンサルタント会社の人は、学校から500m圏内に井戸があれば、その学校に井戸があると考えるという、援助業界の指標を教えてもらった。
でも500mも重い水を入れて運ぶのは、本当に重労働。私の家の中の外の蛇口からバケツに水を入れ、家の中の貯水バケツまで運ぶこの10m弱の距離でさえも。往復もすると疲れてしまうのに。。。

そういう学校は水をつかった清掃(トイレ掃除)の回数がどうしても限定されてきてしまう。だけど。校庭に植えた木にも水がやれなくなってしまう。
トイレが無い学校では、トイレは外でしたい放題。そんな子達に、トイレの使い方を指導したところで。。。「ふ~ん」で終わってしまう。手洗い指導もきっとそう。

授業中。小さな黒板を使って、書き取りの練習。
先生が「消して!」というと。都市部の子は、シフォンと呼ばれる黒板消し用のスポンジを持参しており、ハンドクリームの空き容器に水をため、その水を使い、自分達の黒板を消す。
でも、井戸が近くにない学校の子どもたちは・・・・自分のつばで、黒板を消す。きっとのどもからからで、水分もないだろうに。必死につばをだして、黒板を消す。

その光景にショックだった。
手洗い方法を教える前に。水カメを買って教室内に設置してもらって、その水を活用してもらった方が、よっぽど役に立つのではないかと思った。

でも、そういう村落部の学校は援助が入ってない事で、自分達でなんとかしなければいけない!という意識が非常に強い。都市部の学校は、「で、何をプレゼントしてくれるの?学校の塀?バケツ類?なんでもいいから。」
「・・・・。」
そういう学校に限って、前任者の人が活動支援経費で購入したバケツや清掃道具を校長室に、保管したままで、生徒達が使ってない。
援助でもらったもの=あくまでも貰ったもの=自分で買ったものだから大事にしない。。。

ってなるのかな~?

ものをねだるくせに、貰ったものは大事にしない。
そんな部分を見ていると。“援助”ってなんなんだろ。。。って考える。
でも、自分も何か貰えるんだったら、とりあえず使わなくても嬉しいし。使わずに保管してた頂きものもあったかも。。。と思う。

そんなこんなを考えてると、物は自分でお金をためて買う!”という気力をそぎ取っているだけになっているのでは。。。と思う。
まだ援助が入っていない小学校とかを見ていると。ものは全然ないし、厳しい環境だけど“精一杯できること”で学校内をきれいにしようと頑張っている。私が関わる事で、そういう“自分達でできること”と考える意識が薄れて行くのでは。。。と思う。

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